巨人の星の時代から、父親に向ける男の子の想いというのは
あまり変わっていないものらしい。
男の子にとって父親とは、追い越すべき目標にして、永遠のライバル。
一見、殺伐とした関係にも見えて、実は熱くて深い。ような気が女にはする。
そして、物凄く羨ましい。憧れ盲目、過剰美化は承知です。
だって何しろ母娘というのは、どうしてもどこか情念臭いというか
湿っぽいというか、影で文句を言い合う仲良しごっこというか。
所帯染みるというか、ぬかみそ臭いというか。所詮は、より強い、良い雄を
巡るライバル。肉体的な力は無い分、知恵は回るぞ。なのが女なのだから
ま、仕方ないか。弱い生き物というのは狡賢くなければ生き残れないのだから。
故に母娘というのもつまり陰険に足を引っ張り合う、これまたライバルなのだろう。
ね? なんかイヤでしょ? 女である私だってイヤだもの。
そんな女だからこそ、ラストに夏休みの光溢れる時間の中で待つ父親を捜しに行く、少年。
戦い、成長し、空高く、時空さえ越えて飛び立って行ける少年、を羨ましく思う。
いつかどこかで失速し、ありふれた場所に降り立ったとしても、からりとして、そこから
また歩いて行こうとする、例え出来ずとも一応は行こうかな? と考えるぐらいはする
だろう男の子を好ましく思う。
置き去りにされる側の性として、羨ましくて泣ける。男の子を生みだす側の性として、
男の子っていいなあ、と嬉しくて泣ける。
特撮部分を省いた人間ドラマとして、いい歳をした女は大層感動した作品でした。
いや、でっかいミカヅキのアクションもワクワクしましたよ。やっぱ特撮世代なので。