6巻あたりから心配していたが、7巻読んだ後は正直「あちゃー、やっちゃったかぁ」です。
今回の鈴木裁判は、恐ろしくダイレクトすぎて、正直引きました。もともと鈴木先生の面白さは、
大人たち、子ども達が無意識に自主規制してきた問題を解決するために、学校という舞台で試行錯誤
するところにありました。給食の好き嫌いのような、普通ならば取るに足りない問題から、重要ながらも
見てみぬフリをしたい性問題まで、登場人物たちは共に悩み、時に深く傷つき、それでも答えを見つけるために
最後まで真剣に取り組みます。となると、今回の鈴木裁判は、ネタとしてはもってこいのはずです。
しかし、やっぱり「あちゃ〜」だったんです。
名作とは、作者が伝えたいことと、創作(フィクション)が絶妙なバランスで混ざり合ったものだと私は思います。
鈴木先生の場合、言いたいことをダイレクトに描くと説教漫画になるので、ストーリーという
オブラートで包み込み、飲みやすいけど後から効いてくるというところが私は好きでした。
たとえば1巻の『@げりみそ』は、「折にふれて」というメッセージのために給食のミステリーが存在し、
その他の話にも、メッセージと、それを包み込むストーリーが共存していました。なので、読み終えた後、
「あぁ、なるほど。こーいう意味だったのか」と、後からジワジワ来るものがありました。
しかし、鈴木裁判は、ページごとにガツガツ止まってしまい、説教漫画一歩手前になっている。
“ストーリー”より“メッセージ”に偏りすぎ、漫画として楽しめませんでした。どうも、全巻読むと
性のネタになると、その傾向に陥りやすいようですけど・・・・決して性問題を採り上げるのを
批判する意味ではありませんが。
良薬口に苦しと言いますが、今までオブラートに包んで飲んでいたのに、突然粉のまま渡された感じです。
次の、鈴木先生という物語と、作者の熱いメッセージに期待します。