私的に鈴木先生の面白いところは、教師としての模範解答を彼が持っていないところ。
ありがちな「教師モノ」は、生徒間・教師間・保護者間での問題が起きたとき、最後に主人公(教師)の
発言がファイナルアンサーとなり、それは黄門様の印籠的存在となる。つまり、そのアンサーこそが
“ベター”ではなく“ベスト”であり、皆が納得してしまうのである。
しかし鈴木先生は、その問題に関係者と同じ立場で悩む。それは、「同じ視線じゃなきゃ駄目だよなぁ。
みんなと一緒のポーズでもとるか。」という上から見下した偽善ではなく、本当に彼が相手同様、
答えが分からないからである。皆で考え、主張し、妥協し、一つの答えが出る。だが、それはとても
ベストとは言い難いベターな答え。関係者は当然のこと、鈴木先生、そして読者でさえ、一つの事件が
解決しても、これで良かったのか?いや、だからと言ってそれ以外の方法が・・・?と、胸のモヤモヤが
残るのである。そこが私にとってのリアルで、面白いところだ。
さて、4巻は生徒のセックス・・・つまり性問題が襲い掛かるのだが、生徒が大騒ぎする割に、鈴木先生が
いつにもまして立派だった。そして性教育の野外授業。(後半が)バリバリ『黄門モード』だった。
カッコイイ!だが、私の好きな『悩める鈴木先生』が見れなかったのが残念だ。
『性教育に強い』という伏線は、1巻後半の「岬の件」や、恋人との“熱心すぎる会話”などから
十分に張られ、不自然さはない。逆にここで、悩める鈴木先生が出てきたら物語は破綻する。
つまり私の「無い物ねだり」ということですか・・・・・
完全に私的評価で☆4つですが、実質☆5つです。