9巻に続く高田屋嘉兵衛伝。三平は最後のページにしか登場しないので、もちろん釣りの場面もない。9巻に続いてこの巻でも作者の矢口高雄は、この嘉平伝が長引くことになった理由をあとがきで記している。きっと彼は、読者が求めているものと、この時期自分が描きたかったことのギャップを痛いくらいに感じているのだろう。
作者が「道草」という嘉兵衛伝と“普通の”三平のどちらがおもしろいかといえば、当然後者だ。さらに、この嘉兵衛伝は、作者矢口高雄のマンガに見られる“登場人物の善人性”が強調されすぎて、小学生向けの偉人伝のようでつまらない。三平にはこの善人性が必要であり、自分も含めた読者もその三平の天真爛漫さを楽しみにしているはずだが、「道草」も同じであればやはりそれは少々興ざめしてしまう。
しかし、矢口高雄は一時代を築いたベテランだ。彼にとってもっとも必要なのはモチベーションだ。作者もあとがきで、これから釣りシーンを描くことのできる歓びでバクハツしていると書いている。そう考えれば、この道草は読者にとってはつまらないものでも作者にとっては必要なものだったのだろう。
それを、読者を置き去りにした作者のエゴと捉えることもできるが、矢口高雄は40年近くもプロとして活動してきたマンガ家だ。それくらいは笑って許してあげてもいいような気がする。