本書は、アメリカにおけるミステリーの最高峰、「MWA(アメリカ探偵作家クラブ)賞」の’79年度ベスト・ノヴェル(最優秀長編賞)受賞作であり、日本では’80年、当時国内と海外両方併せてベスト10を選んでいた「週刊文春ミステリーベスト10」の第6位にランクインしており、オールタイム・ベストにも名を連ねる冒険スパイ小説である。
第二次世界大戦も終盤、ヒトラーの信任厚い英国潜伏中のスパイ、コードネーム≪針≫ことヘンリー・フェイバーは、連合軍の欧州進攻に関する極秘情報を入手した。彼はドイツへ自らそれを持ち帰ろうとする。前半はフェイバーが、袖に隠した錐のような小型の短剣、スティレットを必殺武器に、冷徹なプロ意識と酷薄さで英国情報部の追跡をかいくぐるスリリングな脱出行が展開される。
後半に入ると、嵐のためUボートと接触できず、北海の小島に流れ着いたフェイバーを助けたそこで暮らすローズ一家、とりわけ妻のルーシイが主役となる。彼女は新婚旅行中の事故で両足を失った夫と幼い息子と住んでいるのだが、鬱屈した日々を送っていた。フェイバーとルーシイは道ならぬ関係に陥るのだが、最後に手に汗握る対決をすることになる。
緊迫感あふれる防諜戦と活劇、ルーシイの視点で綴られる、絶海の孤島で静かに崩壊してゆく夫婦関係の微妙な心理の綾。この両者が巧みにあいまって、嵐の夜のクライマックスへとなだれ込んでゆく。本書を単なる冒険スパイ・アクション小説を超えた名作にしているケン・フォレットのうまいところである。
本書は、歴史の“if ”を、見事なエンターテインメントとして昇華させた傑作である。