金子光晴の代表的な詩を初期から晩年にいたるまで、拾遺詩も併せて収録した文庫。
近代以降の詩人の系譜の中で、金子光晴は明らかに異彩を放っている。初期の象徴詩人としての詩作こそある種平凡だが、長い旅から生還した後の詩は他の誰とも違うところから書かれたものばかりだ。それは、一言で言えば「共同体の外側に追放された日本人の詩」だ。
日本語で書かれる限り普通は日本の内側で発想され、言語化され、受容されるのが日本人の書く詩で、書く側も読む側も無意識・無自覚のうちに「日本的」な様々のハビトゥスを前提しているものだが、金子光晴の詩はそんな無自覚な前提を顕にする。読む人によっては不愉快に思うかもしれない詩、「おっとせい」「寂しさの歌」などはその真骨頂で、今読んでも読み手をぐらつかせる威力がある。むしろ、ここかしこに綻びが見えている今こそわかりやすい詩かもしれない。しかし彼は自分を安全圏において高所から見下ろしているわけではなく、自分もそのくびきにあることを忘れず、そのくびきに身悶えている。そんな意識で書かれている詩は、今でもあまり読むことが出来ない。
考えてみれば西洋発祥の詩形式はそんな構えの元で書き継がれていたもので、「人が聞きたがらない普段の振る舞いの醜さを平然と語る」のは言葉本来の意味の詩人としては当たり前の振る舞いだが、それをやってのけるには莫大なエネルギーと勇気と才能が必要なのは間違いない。
そんなハードな詩がある一方で、女たちや孫娘への最高に優しく愛にあふれた詩があり、美しい叙情の詩がある。読んでいくと思うのは、中期以降のどの詩も、一篇の詩で世界全体と釣り合っているような詩情の確かさだ。どの詩も詩人から垂直に生まれ出て、読み手に垂直に入ってくる。
現状に安心・満足して腹いっぱいの顔をしている人たちより、現状に違和感や圧迫感を感じている若い人にぜひ読んでみて欲しい一冊。一生の本になるかも。