美術・考古学の分野においては資料についての真贋が常に問われる。記憶に新しい所では「奥の細道」が展開されているし、ここ十年をとってみても「佐伯祐三贋作事件」や「旧石器時代の石器偽造事件」などいくつもの事例があげられよう。
で、この本の著者は、有名な「漢倭奴國王」印について、発掘状況がわからない上に、金印の成分分析がなされていないことを理由に贋作であると述べているわけであるが、その主張が素人同然なことに驚かざるを得ない。
特に金印の成分分析について中国での出土品との比較検討がなされていないことにひどくこだわっているが、その方法では多分期待はできない。実例として三角縁神獣鏡の成分分析によってその製造場所の特定が期待されていた時期もあったが結局できなかった。なぜなら鏡の原材料が鋳潰された銅製品である可能性が高く、材料にひどくばらつきがあることが実証されたためである。金印といえども同じ可能性を指摘することができる。
又、紐・印影についても深く追求されていないことも惜しまれることである。近代、膨大な数の銅・銀印が出土しており、実際に九州国立博物館には近年収集された膨大な印のコレクションが存在するし、上海・西安博物館などは詳細な図録を発行している。ましてある程度の金品を用意すれば実際に漢代の銅印程度なら入手することは可能である。
外部からの異議申し立ては認めるべきだが、数多のコレクター・研究者がいるにもかかわらず、この本に書かれた程度の論証で彼らに対抗して、現在の通説をひっくり返すのには無理がある。