アーティストを表現する形容詞として、よく「等身大」という言葉が使われる。
その音楽を聴くであろう世代が考えていること、感じていることを代弁しているかの様な内容の楽曲を世の中に発信しているアーティストの形容詞として良く用いられる。
しかしながら、野狐禅はそういった等身大ではない「等身大」のである。
彼等のスケールがどの位なのかを…彼等の等身大を見せつけられるのだ。ただそれだけ。
んで「俺は元気だ。そっちはどうだ?おれはさ…」という様なごく日常的な言葉を音楽を通して投げかけられる。そして「日々お元気で」といって去って行く。こちらは相槌うつもいいし、無視しても良い。ただ、最後には人間的な交流があったという事だけが感触として残る…。
これがたまらん。色々強要してくる音楽は多いが、これだけサウンドも言葉も自由にさせてくれる音楽も昨今珍しいのではないだろうか?
何か心が動いた時にこの中の曲のどれか一つを抜き出して聞くのが一番良い聴き方なのではないかなと思います。
ちなみに…シーグラスは前作「桜」に次ぐ普遍的名曲です。