ジョン・モファット、デンマーク出身でカナダのトロント大学の名誉教授が最近出した本の翻訳。アインシュタインの重力理論、一般相対性を書きかえた修正重力理論(MOG)を練り上げて、現代宇宙論のいくつかの難点を回避し、かつダークマターやダークエネルギーなどの恣意的な仮定をできるだけそぎ落とした解決を目指そうとする野心的な試みが展開されている。そのような試みは大変勇気のいることだ。なぜなら、学界では長らく無視されることが確実であるうえ、成果が出なければ学者としてのキャリアもまず失敗に終わることが明らかだらだ。
この本、最初は重力理論の歴史的なおさらいから始まり、通俗的なポピュラーサイエンス本の風情だが、第二部(第4章)で「ダークマター」(観測宇宙論のデータと、一般相対論による予測とのギャップを埋めるために要請された、余分な重力を生み出すとされる見えない物質)が導入される頃から、だんだんと著者の舌鋒が鋭くなってくる。そして、インフレーション宇宙論に対抗する著者の第一弾、「光速可変理論VSL」が紹介される(提唱は1992年)。初期宇宙では、光速が今よりもはるかに大きかったが、短い時間の後に相転移で現在のような値になったとする説である。最近の量子重力理論の文脈でも同じような提案をする人が出てきたが、モファットの仕事をあとで知って驚愕したとのこと。いずれにせよ、これが相対論の基本原理から逸脱することは明白だ。
モファットの第二弾は、他に光速可変理論を提唱する者が現れた後に発表されたバイメトリック重力理論。これは、一般相対性では光速も重力波も速度が同じであるのに対抗して、「光速は一定で重力波が時間とともに速さを変える座標系」と「光速が変わるVSL座標系」という二つの基準系(したがって、重力理論で基本となる計量、メトリックが二つになる)を使う重力理論(1998年)である。
その後、WMAP(宇宙背景放射の精密な測定をおこなうために打ち上げられた衛星で得られた画像が有名)などの、新しい観測宇宙論のデータをふまえたうえで模索した結果、モファットは2004年に有望な感触がある修正重力理論MOGにたどり着く。その要となる第一の特徴は、重力定数が変化するというアイデアだ。太陽系程度のスケールでは変化しない重力定数が、天文学的に大きな距離(例えば銀河や銀河団に渡る)では変わって、ニュートンの逆二乗則による重力よりも強い重力を生むと考えれば、ダークマターなどは不要ではないか。第二の特徴は、「ファイオン場」という、物質と相互作用する新しい場の導入で、これは自然界の四つの力に加え、第五の力を伝える粒子を仮定することに相当する(量子論での常識として、場と粒子は同じ現象の両側面である)。大まかにいえば、このファイオン場はある種の反発力を生み、重力定数の変化と相まって、大きなスケールでのより大きな重力を生むことになる。
このファイオン場の仮定は、正直言って軽い失望を感じさせる箇所だ。素粒子論では今までなかったボソン粒子が、重力のためだけに新たに導入されるという、アドホックな観が否めない。ダークマターのアドホックな導入とどう違うのか、という疑問が生じるだろう。おそらくそのことを意識して、モファットは第五部(第11章以下)でラストスパートをかける。物理理論の値打ちは、どれほど仮定が少ないか、そしてデータに合わせるために選びうる自由パラメーターがどれほど少ないかにかかってくる、と彼はいう。彼のMOG、重力場の方程式を解いて得られる重力法則は、(1)ファイオン場と物質の相互作用の強さと、(2)修正された加速法則が作用する距離の範囲という二つの自由パラメーターに依存すると考えられた。しかし、その後の研究の進展によって、いずれもMOGの方程式を解くことで値が決まり、自由パラメーターとして値を選ぶ必要がないということが明らかになった、というのだ(300ページ)。ファイオン場は、ダークマターのように方程式の外から導入されたものではなく、方程式自体の中に組み込まれているうえ、(1)も(2)も実はパラメーターではなかった、というのだ。この本の中には方程式が提示されてないので、読者にはこの主張を検証するすべがないので、彼の専門的な論文に当たるほかはないが、もし本当ならば、確かにめざましい成果だ。
いずれにせよ、本書の価値は、これまで「主流研究」の陰に隠されて光が当たってなかった重力研究をいくつか掘り起こして解説し、予測力のある理論にまでまとめ上げたところにある。これが「おもて」研究になりうるか、「うら」研究にとどまるかはわからないが、科学研究の実態としては「健全な姿」をかいま見せてくれたように思う。読み応えのある本だった。