重度心身障害児療育施設を見学した石原都知事が「ああいう人って人格あるのかね」と発言して、「差別発言か」と物議になったことがあるが、芸術家として感受性が強いが故に、重度心身障害児の姿を見てショッキングだったのだと思う。私も本書で取り上げられる施設を見学したことがある。すえた臭い、唸りというか呻きのような声がやまない建物の中、一生身動きはもちろん、飲食も介助なしにはできないし体温調節もできない、自分が何者かもわからない子供たちがベッドやカーペットにたくさん横たわっていた。このような人生とはなんなのか。そして、生ける屍のように見える人生を肯定できるのか、突き詰めて言えば、自分が幸せかどうかを判断できないかも知れないし心身とも幸せな境遇と思えない彼らが生きている意味はあるのか、考え込んでしまった。今も重度心身障害のことを思い返す度に考えてしまう。たぶん一生忘れることができないだろう。
本書は療育施設の施設長を長年務めた小児科医による、重度心身障害児ケアの歴史である。しかし、長年施設長として重度障害児と接し続けた経験から、快不快の認識を多くの心身障害者が有しているといい、脳が損傷し意識の育たないはずの子も身動きできないがゆえに、経験のない環境を極度に嫌い、体調を悪化させ死に至ることもあるという。だから、「重度心身障害者にとっても安心できる環境は快適であり幸せであり、生きている喜びを持つ」として、重度心身障害児者のケアは必要であることを訴えている。私による本書理解だが、人類はいろいろな変わった個体を生み出しつつ変貌を遂げてきた。中には「障害」といわれる生命維持が不利な個体も作り出された。重度心身障害児者はそうした障害をたまたま引き受けることで、人類を支える「人類戦士」である、という著者の語る重度心身障害者の存在意義が印象に残った。
重度心身障害児者を目にすることはほとんどない。しかし、彼らと会うと「弱者を大切に」という薄っぺらな道徳文句が一度吹っ飛ぶほどの衝撃を受け、「生きる意義」まで考えてしまう。福祉の本である本書も、かなり生命倫理に足を突っ込んだ内容になっている。療育施設を訪れる機会も一般の人はあまり多くないだろう。しかし、本書を読み、可能なら一度は見学することを薦める。