『醜い日本の私』、『私の嫌いな10の人びと』、『私の嫌いな10の言葉』・・なんて本を出してきた哲学者だといえば、この本もまた「偏屈じじい」による、クレーム本だろうと思っていた。暇つぶしのために買ったこの文庫本、読んでいたら意外と内容がまともで読むに耐えるというより、平易に書かれているが非常に内容の濃い本だとわかった。
タイトルは、川端康成の『美しい日本の私』、大江健三郎の『あいまいな日本の私』という、いずれもノーベル文学賞受賞講演のタイトルをもじったものだが、本人いわく「人一倍、不快なもの、醜いものに感受性の強い」(!)著者の分析は非常に鋭い。中島先生、単なる偏屈者ではないな、と気がつかされた。
著者の分析そのものは、おおかた当たっていると思う。日本人は美意識がきわめて高いが、醜いものがすぐ隣にあっても居心地がよければまったく違和感を感じない、心のもちよう一つで見えても見えないこととする、聞こえてもきかないことにする、という訓練を受けた・・・こんな分析が全体に散りばめられていて、読んでいてな〜るほどと納得させられる。
とはいえ、私自身はさすがに、著者と一緒になって、あらゆることにクレームつけたりする気にはならないなー。著者の分析は正しくても、無意識のうちに「世間」にどっぷりつかっている日本人の大半は、もちろん私も含めて著者の価値観とは違うものをもっているためだ。著者は、「感受性についてのマイノリティ」あり、であるからこそフツーの日本人が見過ごしていることに非常に敏感なのだろう。その意味では貴重な本である。
世の中には、そういう過敏なまでに感受性が強い人も存在するのだ、ということは意識のなかにいれておきたい。
哲学者による「反・日本文化論」、けっして読んで損はない。
「反・日本文化論」は裏返せば、実はすぐれた「日本文化論」となっているのである。それは、つまるところもう一つの「世間論」なんですね。