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9 人中、8人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 5.0
哲学者による「反・日本文化論」とは、「世間論」のことなのだ,
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レビュー対象商品: 醜い日本の私 (新潮文庫) (文庫)
『醜い日本の私』、『私の嫌いな10の人びと』、『私の嫌いな10の言葉』・・なんて本を出してきた哲学者だといえば、この本もまた「偏屈じじい」による、クレーム本だろうと思っていた。暇つぶしのために買ったこの文庫本、読んでいたら意外と内容がまともで読むに耐えるというより、平易に書かれているが非常に内容の濃い本だとわかった。タイトルは、川端康成の『美しい日本の私』、大江健三郎の『あいまいな日本の私』という、いずれもノーベル文学賞受賞講演のタイトルをもじったものだが、本人いわく「人一倍、不快なもの、醜いものに感受性の強い」(!)著者の分析は非常に鋭い。中島先生、単なる偏屈者ではないな、と気がつかされた。 著者の分析そのものは、おおかた当たっていると思う。日本人は美意識がきわめて高いが、醜いものがすぐ隣にあっても居心地がよければまったく違和感を感じない、心のもちよう一つで見えても見えないこととする、聞こえてもきかないことにする、という訓練を受けた・・・こんな分析が全体に散りばめられていて、読んでいてな〜るほどと納得させられる。 とはいえ、私自身はさすがに、著者と一緒になって、あらゆることにクレームつけたりする気にはならないなー。著者の分析は正しくても、無意識のうちに「世間」にどっぷりつかっている日本人の大半は、もちろん私も含めて著者の価値観とは違うものをもっているためだ。著者は、「感受性についてのマイノリティ」あり、であるからこそフツーの日本人が見過ごしていることに非常に敏感なのだろう。その意味では貴重な本である。 世の中には、そういう過敏なまでに感受性が強い人も存在するのだ、ということは意識のなかにいれておきたい。 哲学者による「反・日本文化論」、けっして読んで損はない。 「反・日本文化論」は裏返せば、実はすぐれた「日本文化論」となっているのである。それは、つまるところもう一つの「世間論」なんですね。
37 人中、29人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
「オレの土地」問題にも目を向けてはいかがでしょう,
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レビュー対象商品: 醜い日本の私 (新潮選書) (単行本)
「うるさい日本の私」の延長線上にある本であるが、いまや先生の苦しみは「耳」だけでなく「目」にも「接客」にも広がっており、以前にも増して大変なことだ。先生はこの「醜い日本」について思考を深め、「日本人にとっての自然」について考察する。 その結果、日本人が自然だと思ってきたものはすべて人為的なもの、「個」として「自然」と向き合うことをしてこなかったので、田んぼも電柱も自然である。「これは自然」「これは人の手が加わっているもの」という分け方をしないで生きているので、周囲のものはすべて自然、看板も電線も、そこにあるなら自然として認識するのだそうだ。 また、「醜いものが見えなくなるほど集中せよ」という利休後の茶の湯の教えについても、「日本が醜くなった原因のひとつではないか」とされているが、いくらなんでもこれは、一部の求道的な芸術家にしか当てはまらないだろう。 中島先生には悪いが、景観の醜さについては私は井形慶子の「土地所有感」が正しいように思う。俺のものだから、どうしようと勝手だ、というような。 本書でも、「ウチ」と「ソト」という形で触れられているが、もっとずばり「土地」ということに目を向けたほうがいいと思う。なぜなら、「土地」とは日本人が命の次にこだわって(時には命よりも)きたものだから、「景観」問題と「オレの土地」問題はやっぱり密接な関係があるはずだからだ。 また、「接客」問題については、先生の怒りはほとんど「人間として客に対応しない」店員側にばかり向けられているのだが、先生、それは酷というものです。 店員個人が、いかに「私は不必要な愛想など売らぬ」と決意したとて、即クビになるだけのことだ。問題は、そういう異分子の店員をクビにする側にある。 先生の怒りは「従業員」と「客」にばかり向けられるが、それは方向が違うと思う。これは従業員個人レベルの問題ではないのである。「接客業」をしたことのない先生の弱点が出たと思う。
11 人中、9人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 3.0
日本は感受性のファシズムがまかりとおる醜い国である,
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レビュー対象商品: 醜い日本の私 (新潮選書) (単行本)
表題は著者の結論。美醜や好悪と善悪や正義は別物だが、混同されると個人が迫害されることになると著者は指摘している。醜い例として挙げている現代日本社会の数多の事例は、普通はつい笑ってしまうほど取るに足りないものだが視点は本質突いている。つまり、大事なことと繋がっている。個々の人間というものは、他の人間にとっては取るに足らないと思えることで規定されるような感受性を持っている、また、その感受性がひいては国家・社会を形成している、という自覚がない人にとっては、その本質は理解できない(つまり鈍感)。著者のような人が身近に居ると、とりあえず煩わしいことは間違いないが、哲学的基盤に立った辛口の評論が、国家・社会という組織や制度に対してだけではなく、それを構成している個人や大衆に対しても容赦なく行われることは、評論される側にとっても役立つことでもあると思います(著者本人はそんなことあまり興味は無いでしょうが)。
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