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日本の用途地域は入り組んだせせこましい設定が可能で、しかも中央官庁が全国一律に、ほぼ定期的に変更しています。規制緩和の美名の下に行われるのは、住民の知らないところで決められる容積率の増加。それは業者が売ることのできる地面を、タダで増やしてあげるのと同然。
そしてその容積率の増加を享受できるのは、政官と結びつける巨大デベロッパーのみ。中曽根政権の時によく聞かされた民活とは、すなわち利権を増やすことだった......道理でバブルはあんなに建物も盛り上げたわよ。
人里離れた場所に、異様な高層リゾートが建ったのも、山林・原野などの白地(しらぢ)地区は、なんと商業地域なみの容積率が認められているから。ああいった建物は、日本の国土保全の考え方がどんなにいい加減かを示すシンボルでした。
住宅地に突然大きなマンションが建ち、自宅が日陰になってから抗議してもこの国では無駄。ずいぶん以前に用途地域は変更され、建築は適法だから。日照ばかりか、交通量の増加、地価の上昇、それによる税の負担増といった災難が降りかかるのを周辺の住民は甘受するしかない。
国にこれを改善しようとする動きは未だになく、再び都心に高層ビルが増えています。高層マンションに憧れないでもなかったけれど、この本を読んではそんな気はなくなりました。乱雑で醜い日本の都市の姿は、利権を最優先し、国民をないがしろにしている政治そのものを写していました。
田中角栄の「日本列島改造論」が開発ブームと土地投機を引き起こし、二全総の目標をぶち壊したこと。オイルショック後の低成長期に大平総理の掲げた「田園都市構想」の流れもあり、1980年の都計法改正では地区計画等の規制誘導的、住民中心の都市計画制度が取り入れられるなど、一度葉“良好な都市環境を重視”した政策がとられたこと。しかし、その後の中曽根民活により、全てのベクトルが開発重視の方向に戻ってしまったこと等、都市計画は政治の産物!と痛感する。
また、都市計画は本来、市町村が地域の実情に!応じて行うべきもののはずなのに(都計法も表面的はそうなっている)、市町村の創意工夫の結晶であったはずの“宅地開発要綱”等がいかに“国に潰されていってしまったか?”等の検証も興味深い。
本書が世に出てから早10年。その間には地方分権一括法の施行もあり、法制度上は従来の“通達”は“技術的助言”に、“承認”は“同意”に変わったけれど、本質的な国と地方(あるいは都道府県と市町村)の関係についての意識改革や、住民の都市に対する意識は変化していないように思える今日この頃。打開策を著者らに聞いてみたい。
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