二○二空、三四三空と歴戦の航空隊に所属したエースパイロット宮崎勇少尉の回顧録です。海軍入隊からの様々なエピソードを交えながら精鋭部隊の在りし日を振返ります。初心者でも分かり易いよう用語などの解説付きで語られていますので入門者にもオススメできる一冊です.
彼は海軍航空隊を実質的に支えた予科練(丙飛二期)出身で二五二空、三四三空と歴戦の航空隊に所属。常に最前線で熾烈な航空消耗戦を勝ち抜き、個人撃墜13機以上といわれるまさグレートエースである。しかし戦果を誇ったり他人を糾弾するような記述は皆無で、辛い戦いを共に戦った戦友や、その家族など「人」への愛に溢れていました。
彼は零戦を駆ってラバウル、バラレ、ラエ、ムンダなど各基地を転戦しているが、やはりベテラン搭乗員として脂ののりきった三四三空時代とその機材である「紫電改」への思い入れが特に強かったようだ。本土防空戦で名を馳せた「剣部隊」こと第三四三海軍航空隊。指令の源田実大佐、中島正副長をはじめ、部下に絶大な信頼を得ていた三人の戦闘機隊長(戦闘七○一飛行隊の鴛淵大尉、戦闘三○一の菅野大尉、戦闘四○七の林大尉)などなど多くの人物の「在りし日」、「最後の様子」を活字を通してとはいえ知ることが出来たのは収穫でした。杉田庄一上飛曹(個人撃墜70機以上。戦死後少尉)の最後の様子も目撃されており、詳細に語られています。
B-29直掩の戦闘機パイロットたちが震えあがった「最後の精鋭部隊:三四三空」の一員である彼をして「B-29の性能は優秀で私個人では撃墜できなかった」と語っておられたのが印象的でしたね。昭和五十三年の紫電改の引き上げの様子には万感の思いが込められていました。今井進、米田伸也、溝口憲心、初島二郎、鴛淵孝、武藤金義。以上六機のうちの一機とされてるが、今もあの機体の(六機のうちの)持ち主は謎のままです。