早いもので、彼が亡くなってもうすぐ1年。
一周忌を前に出版されたこの「遺稿集」は、まさに「遺稿集」にふさわしい内容と構成だ。
死の直前までオズモールで連載されていた闘病記からはじまり、
同じくネット上で連載されていた合コン体験記や、
二十歳すぎに焼き鳥屋で修行した経験を描いた未完の私小説などを間にはさみ、
西原氏との出会いを書いた文章で終わる。
未完のまま終わったオズモールの連載分は、生々しく且つ壮絶な内容でもあるはずなのに、
なぜか淡々と、まるで俯瞰しているかのような印象さえある。
自らの余命を知っておきながら、
彼はどうしてここまで冷静に、淡々と自分と周囲を描写できたのだろう?と、
不思議な気持ちになるのだ。
だが、もしやそれは、
彼が自らをも取材対象にできるジャーナリストの魂を、
失ってはいなかった証だったのかもしれない。
いくつもの戦場で死線をさまよい、命が奪われていく様を目の当たりにしてきた彼である。
自分の死が近いという極限に至り、
事実をありのまま伝える戦場カメラマン、そしてジャーナリストとして、
死を目前にした自分を徹底的に取材し、
フィクションともノンフィクションともつかない形で表現した文章は、
ジャーナリストとしての彼の姿を伝えているように思うのだ。
それと同時に、
どんなふうにも人間は生きることができる、という姿を見せてくれた気がする。
きれいごとでもなく、地を這い、血反吐を吐き、あらゆる恐怖から逃げ続け、
ボロボロになった自分でも生きていけたのは、
やっぱり愛してくれる家族がいて、愛する家族がいたからなのだろうか…。
作者の生き様を痛いほど感じる一冊。
西原氏の「毎日かあさん出戻り編」も併せて読むことをおすすめします。