また、見てしまったなと、この映画を見て思う。
つらいことや、哀しいことがあったとき、無性にジェルソミーナに会いたくなるのだ。
安い金額で大道芸人ザンパノに売られてしまったジェルソミーナ。
穢れなき魂の持ち主、知恵遅れのジェルソミーナが、全身全霊をかけて、「役に立ちたい」と望むとき、彼女はあまりにも愚かで美しかった。
そして、届いていないようでもザンパノにもきっと、その気持ちは届いていた。
ジェルソミーナが料理も、芸も何もできず「自分には価値がない」と落ち込むとき、同じ大道芸人で、ザンパノの古い知人のイルマットはこういった。
「神様は、この石ころにだって、価値を与えていらっしゃる、だからお前にも、すべてのものには、価値があるんだよ」と、そして、
「もし、神様が、すべてのものに価値を与えていなかったら、そんな神様だって、無価値なのさ」
この言葉に励まされるジェルソミーナ。私も大変感動した。
しかし、それらを否定するような事件が起こる。
私は人の生や死に理由なんてないと思っている。価値なんてないと思っている。
でも、人が、人に、その事象に、価値を見出してしまったとき、初めて価値が発生するのだと思った。ラストのザンパノの涙はそれを思わせた。
かれは、気づかなかった、いや、気づいていたけど見ないようにしていたものをとうとう見つけてしまったのだ。後悔とともに。