ぼんやり旅する…それもいいかもしれない。しかし、それでは寂しすぎはしないか。
著者は自然と古典の融合する【心の旅】をしている。どの旅にも、その道の脇に見捨てがたい古典の奥行きを見出す。
本書の巻頭を飾る「本伊勢街道を往く」にそれを跡付けしてみよう。
「伊勢」も単なる伊勢ではない。万葉の歌を思い出す。伊勢に参っても、その道を歩いても、次の歌に思いを馳せなければ寂しすぎる。
ー大津皇子、ひそかに伊勢の神宮に下りて上り来ましし時の作ー
二人行けど行きすぎがたき秋山をいかにか君が独り越ゆらむ
ー大津皇子薨りましし時、大来皇女伊勢の斎宮より京に上る時の歌ー
神風の伊勢の国にもあらましを何しか来けむ君もあらなくに
三輪山をめぐっている時、二上山が忽然と浮かび上がって
うつそみの人なるわれや明日よりは二上山を弟背(いろせ)とわが見む
自然に古典を重ねると言ってもいいのだろう。その重層性に旅の心は深まっていく。日本の自然ほど文化の香りを含み持つものはないだろう。文学だけではない。宗教も、美術も、歴史も、潜在してふところが深い。本書を読んで、旅する意味が倍加するような気がする。