心理描写があまりにもリアルで、まるで自分の心の中を書かれているかのような気分になるところもありました。いまさら言うまでもありませんが漱石という人の並々ならぬ心理描写能力に空恐ろしくなります。人はこのようにお互い自らのことも思うに任せず、それでもなんとかやっていくのでしょう。もちろん、ここに書かれていることが漱石のすべてでもなく、またまったくの創作というのでもないと思います。すべての人が、一面では捉えきれないように。
私は漱石の人となりをほとんど知らないのですが、この小説を読んで「坊ちゃん」における漱石の自伝的側面は非常に小さいのではないかと思いました。松山にいたことは確かでしょうが、あのような「痛快」というような言葉で表わされるような人物ではなかったということを、自ら「道草」において告白しているのではないでしょうか。どちらかというと、過去の嫌な思い出を想像で補償しようとした無様な試みのように思えます。あまりにも卓越した文章能力のせいで、不幸にもその試みが成功してしまっているのですが...。