オート三輪の幌から出てきたジェルソミーナが「ここがいい」といったのは、ザンパノと別れるにはという意味だ。罪を償おうとしないザンパノは、気が変になったジェルソミーナの前ではもうがなりたてる性は失せていた。雪が積もる廃村ではジェルソミーナは神々しかった。料理をするザンパノが「何か足りない」というと、ジェルソミーナが「私がやる」といった。この後すぐ自分を見捨てるザンパノに食事を施すキリストの様であった。具合の悪いジェルソミーナに「家に帰るか?」とザンパノが言った。「私がいなくなればあなたは一人よ」とジェルソミーナはまだザンパノが理解していないことを告げる。廃屋の壁に沿い眠るジェルソミーナをザンパノはついに捨てた。いや、ジェルソミーナはザンパノに捨てさせた。ザンパノはキリストを裏切るユダというところである。ザンパノは少々のお金と毛布とラッパを残して彼女を置き去りにした。
しかし、心にジェルソミーナは生きていた。4−5年後にサーカスで働くザンパノは、覚えのある歌を耳にしてジェルソミーナの末路を知った。山村で捨てられたジェルソミーナは、なぜか海岸をさまよっているところを拾われた。高熱でその後病気がちで食事もとらなかった。天気のいい日はラッパを吹いていた。ある朝冷たくなっていたという。ジェルソミーナの死を知ったザンパノは、その夜酒場で荒れ狂った。「おれにはだれもいらない、一人がいいのだ、友達など要らない」とがなりたてたが、そんなはずは無かった。失ってはじめて自分がジェルソミーナを愛していたことに気づき、捨てたジェルソミーナが大きな支えであったことを悟り、自分が天蓋孤独になったことを知り、天を仰いで波寄せる砂浜に泣いた。ザンパノにとってジェルソミーナは唯一の家族、いや、ザンパノに罪を悟らしめるために使わされた神様だった。