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内容は、ハイテクを駆使したビルや住宅等のセキュリティシステムや、街角の監視カメラ、学校のソフト・ハードでの児童生徒のガード、地域の自衛的組織など、近年とみに増加した、さまざまな防御の仕組みを新聞・雑誌の引用等で紹介すると共に、そこへの違和感を提起する、というもの。
これでもか、これでもか、という事例は参考になるが、それについての筆者の意見や提案はほとんど無い。
序章末の「悲しい現実である。しかし、本当にそれで良いのだろうか」に始まり、二章末では「日本は自衛する西部劇の世界に突入してしまうのか」、四章末は「だが、現代のセキュリティは不安を増幅させることだけに貢献している」等、説明の後に一言「これって変?」というだけである。
最後の方で、銃社会でもアメリカに比べ殺人の少ないカナダでは鍵を掛けない文化であること、荒川区等で「無防備都市」宣言の動きがあることなど、いくつかの(別の方向の)動きが紹介されているのが、数少ない解決への提案的な部分だが、それとて紹介に過ぎない。
その意味で、タイトルの「過」という言葉に、「過剰」「ちょっと多いんじゃあない?」という意味が含まれているが、本文自体にその程度のニュアンスしか語られていない。つまり、タイトルで過不足なくまとめられている。
これがエラい、という理由。
思うところがないのか、あるいは批判が怖いのか、「小心者の評論家」という感が否めない。
有用なネタ本としてしまっておくことにする。
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