アメリカの40年代。人々はかつての夢物語ではなく、より現実的でペシミスティックな雰囲気を持つ犯罪ドラマや異常な心理をあつかう映画を求め始めていました。フィルム・ノワール。フランス語で「黒いフィルム」と形容された数々の作品がきら星のように生まれては消えていきました。その影響力はギャング映画、犯罪映画、捕り物、恋愛ドラマ、戦争映画、西部劇とさまざまなジャンルに波及していきましたが、この『過去を逃れて』は最も純粋なフィルム・ノワールのエッセンスを湛えた名作中の名作。
ロバート・ミッチャム。一度見たら忘れられない風貌と雰囲気を持った男。その我関せずという一環した態度がタフなノワール・ヒーローにこそ似つかわしかった役者。だから、彼には計算高い巧妙な演技こそ必要なかった。「Baby, I don't care・・・」と眠たい眼をしばたかせて言い放ってしまえばあとは皆彼の虜。そんなわけでスターダムには昇り詰めたのですが、それも我関せずだったのか逸品になかなかめぐり合えなかったのが悔やまれます。しかし彼には『GIジョー』がある、『追跡』がある、『恐怖の岬』がある、そして『さらば愛しき女よ』がある。そしてこの『過去を逃れて』があるからそんなことは我関せず。それほどミッチャムはこの映画にはまっています。
気にしない男、ミッチャム扮するジェフ・ベイリーはそれでも堕ちていく。ジェーン・グリア扮する女豹の爪の餌食とならんとして・・・。でもグリアは美しい。男なら誰でも一度は彼女の餌食になってしまいたい。こうした退廃的なプロットが思わせぶりかつシャープな脚本、陰影の濃いムーディーな映像、そしてヨーロッパ出身のジャック・ターナー監督の滑らかな演出によって違和感無くプレゼンされていく感じは絶妙。このフィルムのすべての情景からいつまでも観ていたいという錯覚に陥ってしまうような“けだるさ”が立ちのぼっていく、これぞノワール美学の真髄。また悪徳ボスに扮したカーク・ダグラスのどこか悲しささえ感じさせる強力な演技も印象に残ります。そしてそんな堕落と悲しみの退廃的オーラは物語の背景である田舎町、湖上の館、アカプルコを見事に均等に覆い隠します。
今でこそ、ほぼ万人に認められた作品となりましたが「技巧的には優れているかも知れないが、内容の無い作品」と一部で評されてきた本編。しかし、これは私たちに一つの芸術ジャンルであるフィルム・ノワールの定義を示してあまりある古典。「Baby, I don't care・・・」と言われても、「Yes, we love this film!」なのです。