「運命を分けたザイル」の続編のように思えますが、そうではありません。
前作は思わぬヒットを飛ばしたので、それを商業的に活用しようという目的かと当初思いましたが、そんな邪推も吹き飛ばす、これまた素晴らしい一本ですね。
映画自体は、世界最難関のひとつに数えられる「アイガー北壁」に挑み、命を落とした4人組の登山家の事故(1936年)をドキュメンタリー形式に仕立て、再現ドラマを織りまぜて見せるもの。
正確に言うと映画として作られたというよりは英国「チャンネル4」用に作られた番組だそうですね。
冒頭部分ではかなりドキュメンタリー色が強く、前作の印象が強かったぼくとしては、ややガッカリ気味だったのですが、後半から前作を凌ぐ壮絶な映像に引き込まれてしまいます。
ストーリーとしては、「運命を分けたザイル」の”下の人”、ジョー氏がやはり語り手となり進んでゆきますが、1936年の事故現場とルートを自ら辿り、その事故の内容を解説しながらも、それを再現した映像とが交互に映し出される、という形で進行。
当時-現在というように、映像が切り替わるごとに、いかに昔の登山における装備は現代に比べ貧弱であったか、そしてそれらを知恵と勇気でカバーした彼らはどんなに勇敢であったか、がわかる仕組みになっています。
また、登山特有の用語や装備については、素人向けにジョー氏が解説してくれますので、非常にわかりやすく、余計なことを考えずに映画に集中できる内容となっています。
ジョー氏は自身のアンデスの事故から生還した後、6回の手術を繰り返し、長い闘病生活を経て、「歩くのも困難になるだろう」と医師に宣言された脚を回復させ、今でも登山を繰り返しているわけですが、自身の体験や、想いを率直に語り、1936年の彼らの事故や、それぞれの行動についての見解も解説してくれ、登山家の心境についても理解が及ぶように配慮されていますね。
物語の焦点としては、自分と同じく「宙吊り」になりながらも一夜を過ごし、片手を凍傷で失いながらも5時間かかて残る片手と口で、長さの足りないザイルを分解して再びより合わせて降下用のザイルを作るという、不屈の精神を持ったトニー・クルツに当てられます。
「運命を分けたザイル」が、”いかにして生還したか”を語られていたのに対し、「運命を分けたザイル2」では、トニー・クルツが”いかに死んでいったか”が語られているという大きな違いはあるものの、生に対する執着と人間の可能性、もう一方では一瞬で命を落としてしまうという脆さについては、前作以上に衝撃的な描かれ方をしていますね。
「ザイルの結び目が(大きくて)カラビナを通らない」という些細な理由のためにわずか数メートルの距離を降りることが出来ず、幾多の困難を乗り越えてきた強者が、為す術もなく、近くにいながらも届かない救助隊の頭上で、「おれはもうダメだ」という言葉を残し絶命した瞬間。
希望が絶望にと変わってゆく瞬間。
常に生と死は隣り合わせであるということ。
あたりまえのことだけれど、何かがぼくらの身の上に降りかかるまではそれを認識すらしない、絶対的な事実が描かれている作品であります。