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「それから一人が寝ている母親の布団をはぎ、死んだように目を閉じている母親のゆかたの襟元をブーツの先でこじあけた。彼は笑いながら母の薄い乳房を靴でぎゅっとふみつけた」(16ページ)
「大河の一滴」や「他力」を読んで、私は五木寛之は自分のもっている闇を乗り越えたのだと思っていたが、それは間違いだったかもしれない。
母親の写真を送ってくれた未知の読者に「説明のしようのない理不尽な怒り」を感じるというのは尋常ではない。野坂昭如のように自分の戦争体験を表に表現できる人はまだ傷が浅いのかもしれない。五十数年間、心の中にこの体験を秘めて創作活動を続けてきた五木の傷の深さには声の出しようもない。五木のトラウマはいまだ癒されていない。
しかし、一方、それまで語れなかったことを「語りだした」ということは、癒しへの第一歩を踏み出したのかな、とも思ったりもする。
ひょっとすると、五木の今までの膨大な創作活動は、この事件を告白するまでの準備作業だったのかもしれない。
思いが深い分きっと一気に書き上げたに違いない。
つい最近の事件事故の記述もある。
ある意味、五木弘之の個人史であり日本史であり世界史ではないだろうか。戦争・宗教・経済・文学その他、内容も幅広く重みもあるのに、親戚の伯父さんから「大事なことを伝えるよ」と優しく言われているような気もする。さまざまな角度から読む人の心に染み渡り共感しその人のココロを昇華していく役目を持って生まれてきた本のように思える。
ドフトエフスキー・マックス ウェーバー・高田露伴・小林秀雄・江藤淳・小津安二郎・太宰治その他数多く各界著名人の名前も見られ、引用された言葉も存在感を持ち、まつわる話しも奥深い。重い内容なのに読書後は穏やかに慈愛に満たされる。是非多くの方に読んでいただきたいお薦めの一冊です。
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