糖尿病は甘いものがほとんど摂れなかった古代の名残であると言うような説明に代表されるように、進化医学とは「どのようにして病気になるのか」ではなく「何故病気というものが存在するのか」を問う分野/アプローチである。著者は進化医学の基本を概説し、同時に医学や医学倫理の議論にも進化の視点がもっと必要だと主張している。
第1章では進化の基本的な説明、2,3章では進化医学を概説。4,5章では感染症と生活習慣病を進化の視点から説明。それから遺伝の簡単な仕組みと遺伝病、先端医療、老化などを同様に進化の視点から説明する。病原体と免疫系の進化的軍拡や、進化的トレードオフ(例えば二足歩行と難産化)、遺伝子の他面発現効果など、現代的な進化理論のエッセンスはそれぞれの章で逐次説明されている。全体としてはネシーとウィリアムズの『病気はなぜ、あるのか』の一般向け廉価版としてうまくまとまっているようだ。
ちょっと気になった点を挙げると、
・「適応」のような誤解されがちな専門用語が説明無しで出てくることがある。
・全体的に現代医療に批判的な記述が多い。これは医学が進化の視点を欠いてきたために仕方がないとは思うが、医学者ではない著者の主張が代替医療などと一緒くたに退けられないだろうか。
・著者は遺伝的疾病の出生前診断にはあまり好意的ではないようだが、同じような論理で進化生物学者ビル・ハミルトンは出生前診断と中絶を支持した。進化の視点から我々がどのように振る舞うべきかを決めるのは難しい。進化とは究極的には遺伝子の利益の増大を基礎に起きるものであり、個人の幸福や集団の利益を考えないからだが、議論の前提として必要なこの視点は本書ではあまり強調されていない。
長谷川真理子『ヒトはなぜ病気になるのか』は本書とほとんど同じ内容で、文体は硬いが説明が丁寧なので個人的にはそちらの方がオススメだが、本書はかみ砕かれた説明でより気楽に読める。