名もなき人の語られざる声、生きることの容赦ない真実。物語を通して、そういう「人生」を読む喜びが、この小説には満ちている。4編から成る中篇集だが、物語の語り手に御手洗潔、聞き役にサトルという予備校生を配した設定は、誰しもが幼い頃に体験した「物語を聴く」懐かしい感情を呼び起こす。小説の原型が「物語り」であることを実感させられるのだ。いかなる絶望も一瞬の歓喜も、それが誰かに聞き届けられ、別の誰かに語られるとき、深い物語性が蒸留されるのだろう。著者はミステリー作家だが、意外なほど文学のDNAを真っ直ぐに受け継いでいるのかもしれない。そのDNAとは、「物語り」の力と人生の苛酷さに抗する人間の「高貴さ」を信じることの謂である。一読を勧めたい。