「冬の音匣」「夜の香雪蘭」「卯月鳥のゆくえ」「篝火草の窓」「雨の草珊瑚」「週末の鬱金香」の6編。タイトルにまずひと工夫があることはすぐに分る。「音匣」を「オルゴール」,「香雪蘭」を「フリージア」,「卯月鳥」を「ほととぎす」,「篝火草」を「シクラメン」,「鬱金香」を「チューリップ」とはなかなか読めないが,みな雰囲気のある感じだ。
6編の小説はみな,関西訛りで味わいの文章だ。比較的,年配の男女の愛の機微を上手に描いている。「週末の鬱金香」が本書の表題であり,おかしくて,おもしろい。ハッピーエンドだが,こういうハッピーエンドはよい。話はよくあるケース。男女の若い社員同士が友達感覚でつきあっているが,女性が男性に好意をもっている。
男性はそれがわかっているのか,わかっていないのか,他の女性社員と付き合おうとしたり,声をかけられたり,そのことをこの友達の女性に相談する。面白くないのは,この女性社員。それがいろいろあって,結末へ。と,このようにまとめると何の変哲もないよくある話なのだが,ことタナベセイコの筆にかかかると,グッとひきたつ。絶対に面白い。
印象に残ったフレーズから・・・。「面白がって働こな」(p.46),「死ぬ,っいうことはね,持ってるもん,みんな置いてすぐに発つこと・・・みんな置いていかんならん。宝石も男も名声も金も」(p.58),以上「夜の香雪蘭」。「(人間がまともになるというのは)人間の諸訳[しょわけ]がわかること,ですよ。人生の達人いうのはぼく,キライやけど,60になったら,どんなこともこの世の中にはあり得る,ということを悟る。それをぼく,人生の諸訳がわかる,いうてまんねん。・・・」(p.120)。「『ああ,この旅行ではじめて,何ンや,人生が濃ゆう,なったように思いますな。今までは水っぽかったけど』・・・人生が濃ゆい,という人に,(人生は長い)という感慨をうちあけることはない,と瑠璃はにこにこしている」(p.132),以上「篝火草の窓」。