タレント批評は、90年なかばぐらいのものが多いのは、やはり出版年数によるものでしょう。今では、すっかりTVへの露出度も多くなり、先日は、憧れの「スナイパー徹子」(マツコさんいわく「愛」があるので、他のタレントには「先生」と呼称がついていますが「徹子」と呼び捨てです)の「徹子の部屋」にゲスト出演。ちょっと緊張気味だったマツコさん、きっととても嬉しかったと思います。
タレントではありませんが、女子シンクロの鬼コーチといわれる井村雅代さんについても批評されていて、この方のNHKのインタビュー特集で偶然観て、真っ直ぐで、妥協を許さない性格が印象深く、本まで買ってしまったのは、マツコさんのおかげです(感謝)
ナンシー関があれだけ、芸能人などに対してこ気味良い批評ができたのは、彼女がTVというメディアにいっさい出演しなかったから、あれだけ毒を含んだ批評ができたのです。もうTVでの認知度も高くなってしまったマツコさんは、この本の批評のように気づかってツッコミをいれて、TVのトーク番組では、対象者に対しも何気なく気づかってツッコミをいれていく、そして、自虐トークで笑わせるというポジションでわたしは良いと思っています。
今回驚いたのは、83年47階のホテルから投身自殺をした俳優、沖雅也の養父でマネージャーだった日景忠男氏のインタビューが掲載されていた事でした。「沖の事を考えると言えない事はたくさんあるんです。墓場まで持っていくような」という発言や、幸薄かった若く無名だった沖雅也のために、日景氏はコネを使いまくって事務所を見つけたのですが、その事務所から、「沖は日景さんじゃないと動かないよ」と言われ、日景氏が個人事務所を設立し、沖雅也のマネージャーそして、養父となったそうで、何よりも苦しかったのは、同性愛者の日景氏に対して異性愛者の沖雅也という立場だったそうです。ある日、沖雅也から告白された時は信じられず泣いてしまったという日景氏。関係をもったのは一度だけだったようですが、夢のような出来事として日景氏の中で位置づけられているようです。また、数年後の日景氏のインタビューも掲載されていて、沖雅也亡き後、TVのコメンテーターとして出演していたのも、当時、エイズは同性愛者がかかる病気ではない事を多くの視聴者に伝えたからだったそうです。
中村うさぎ、倉田真由美、マツコの鼎談(ていだん)では、引きこもり気味だったマツコさんの家が引越しをすることになって、何となく自分も一緒に連れていってもらえると思っていたら、母親から「あんたは連れていけない」と涙ながらに言われ、父親は強く擁護してくれたそうですが、あの時、母親が断腸の思いで自分を突き放してくれたから、わたしは1人で生きていく決心がついたと涙ながらに語っていたマツコさんの心中を思うと、わたしも涙がとまりませんでした。泣いてしまった事をわびるマツコさんに「泣きなさい」と言ったうさぎさんの言葉は、慈母の言葉のようにわたしの心にしみました。
わたしは中村うさぎの率直さが好きですが、そのためにしなくていい苦労をしているような、もう少し妥協したら楽になれるのにと思ってしまいます。マツコさんは、うさぎさんより「柔軟性」があるようなので、TV向きの資質をもっているような気がします。