初期の、あるいは、中期の、ぎしぎしと詰まった息苦しいような文体ではなく、まさに「透明な」、肩の力の抜けた自在な文体に、のっけからぞくぞくさせられる。物語を語りながら細部を描く、その細部が物語りを作り上げていくその見事さ。ドジな男、ヒュー・パースンの目線の低さも、作家の高貴な精神の表れだ。
****
原書も同時に読んでいるが、翻訳、原書関係なく、一作品しか投稿できないため、原書『Transparent Things』についてのレビューもここに書いておく。
邦題の『透明な対象』が適切かどうか疑問に思う。
和訳に疑問の箇所があると、原書でその箇所を確かめてみる「シュミ」(笑)がある。本作では、和訳書6ページの、「過去が透けて輝く、透明な対象だ!」とあるが、この作品が、たとえば、ホテルの部屋の机の引き出しに大工が忘れていった、チビた鉛筆の「出自」についてもうんぬんされているような書き方にも現れているように、徹底して即物的な世界を描いているので、「透明な対象」として訳してしまうのに、微妙な違和を感じる。ナボコフの世界は、こうした微細な違和にさえ鈍感であってはいけないと思う。
件の箇所の原文__Transparent things, through which the past shines!
(thing(s)もshine(s)も複数になっている。このあたりにも「即物性」は現れている)→下記、小谷野敦氏のコメントにご指摘のように、shineは動詞でした(笑)。
なお、本書は、和訳書が200ページ近くあるのに対して(読解のための詳細な「ノート」が付いている)、およそ半分のページの「小冊子」である。
ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』が下敷きとなっている。うーーーむ、死に瀕しても、ナボコフ、恐るべし!