Against the dayがなぜ逆光?
訳者の木原義彦という人はこの著者の研究者なようだが、この著作についても論文を書いていて、そこでは「アゲンスト・ザ・デイ」と記しているのに。
この本の中にも「夜をやり過ごし次の日に備えるための性的絶頂感と幻覚、無感覚と睡眠へ」という一文があり「次の日に備えるため」というところにわざわざちゃんとアゲンスト・ザ・デイなどとルビを振っているくせに。
と思ったら最後に後書きでいきさつなど記してあった。
19世紀末のアメリカ西部の開拓時代や鉱山労働者のリアリティある生臭いストーリーやヨーロッパやメキシコの同時代の混乱といった現実感と、気球船のとりとめの無い夢物語のようなファンタジーといった非現実感が、同時並行に語られていきなんとなく戸惑う。あとでその二つは少しだけ交差していくわけだが、読み終わったあと、あれ未来からの侵入者はどうなったんだっけ?とか最終兵器みたいなものの決着はないのかい?とふと、未決着感も残る。
登場人物が非常に多く次から次へと出てきて絡み合っていくので、名前と特性あるいは登場頁をメモしながら読むのを薦めます。でないと下巻を読みながら、あれこの人どこで出てきたどういう人だったっけ?と上巻をひっくり返し確認するのに時間がかかったりします。
時々日本人や日本のことが出てくるのもちょっと気を引きます。
ウェッブでこの本を評しSMだとかポルノだとか記してあるのを読んだが、上下巻あわせて1600頁以上のこの本の中に、ほんの数ページ数行3Pや性交、肛門性交のことが書かれているだけなのにこう表するのであろうか。ここまで拡大解釈できる人が現実にいる以上、石原都知事のエロ禁止方策がやがて拡大解釈され全ての表現の自由を奪うのではないか、と懸念される気持ちもおおげさでなくわかる気がふとしました。
あと、アマトウガラシって普通ピーマンといわないかなあとか。ダルビッシュってイスラム修行者って意味だったのかとか。