オノ・ナツメという人、最近は名前を見ただけで購入する「作家買い」の一人になっているが、それは絵や話創りが自分の
感性に合うという理由だけでなく、新作毎に新しい挑戦をみせるその強い執筆精神に心惹かれるからだ。本作「逃げる男
」は、彼女のさらなる挑戦が窺える静的だが味わい深い作品となった。
本作の特徴として、コミックの帯「寓話」の文句に違わず台詞を極端に排除した絵本の様な構成がある。元々台詞を多用
しない人だったが、本作はその表現をとことん突き詰めた印象だ。
また本作、主な登場人物が3人+動物が1頭と極端に少なく、登場人物には一切名前が与えられない。物語の舞台は世間
から隔絶された非現実的な空間「森」で展開され、基本的に舞台は森を出ることは無いという構成。物語はまるでスロー
モーション再生の様にゆったりと進行され劇的な展開は無い。それにも関わらず読後に充実感を感じさせるのは、作者の
絶妙な間の執り方と、コマ毎に推移する人物・風景等の秀逸な表現力の賜物だろう。一方読み手にある程度コマ間に込
められた情感を読み取る想像力が試されており、そういう作風が苦手な方には読むのがつらい作品かもしれない。
あるきっかけから現実の生活を離れ、「森」に永いこと住み着く一人の男。本編に収められた5編のストーリーは、男と暮ら
す1匹の熊、森を訪れた一人の女、男との関わりを交え、男に訪れる大きな心情の変化を丁寧に描く。感傷的な演出は一
切見当たらない淡々とした描写だが、不思議と読後とても温かな気持ちにさせられる。そして「逃げる」男のある行動に対し
て自らに置き換え考えさせられる作品でもあった。 とある一シーン、男と添い寝する熊の優しい表情が忘れられない。
普段の漫画を読み飛ばす感覚を忘れ、じっくりと一コマを味わいながら読む程に、静かな作品の中に潜む情感の豊かさが
染み込む素晴らしい作品だと思う。