先日読んだ白洲正子さんの著書に感激して、彼女のものをと手近で見つけた一冊。近江、今で言う滋賀県の各地を歩きながら、その自然や旧跡、故事に思いを馳せて綴ったエッセイで、その思念は古代日本のありようへと広がっていく。
こうして近江の地についてまとめて語っているのを辿ると、その地域が古代王朝にとっての文化的・技術的・宗教的な滋養の大きな源泉の一つであることがわかってくるし、日本古代史についての理解も、万葉や記紀についての理解も進めてくれる効果もあり、その文章自体もやはりとても心地よい書きぶりだ。十一面観音についての言及もいくつか見られるし、神体山信仰についても多くを教えてくれる。関西の地理について不案内な者としては、歴史の層が幾重にも重畳しているような彼の地に行ってみたくなる。
読み進めていくうちに思ったのは、著者が古代の権力者や才人にのみ考えを及ばせているだけでなく、国ぶりや信仰を受け入れる側、それを次代に伝えていく人たちの側のありようにも心を配っていることだ。その視点が獲得できたのは、彼女自身が日本の古典やその源泉になった日本の国ぶりに対してそれを受け取ろう、受け取って感じ、考えたことを言葉にして他の人たちに伝えようと努力を重ねていたからではないか。受け取り方の達人、受け渡し方の達人、そんな風に見えてくる。
学生時代、クラスに滋賀県出身の人がいて、寡黙ながらも面白みのある人で友達になったが、この著書を読んで思い出した。どうしてるだろう。ともあれ、滋賀県に行きたくなってきた。白洲正子さんの美しい文章を堪能できる一冊。