うーん、痛いなぁ。まず文体。ある編集者が、彼の文体はいい、って言っていたけれど、これを書いたのが、2000年、53歳のときなのに、「ぼく」があちこちに顔を出す。それも、毎度、中途半端な自慢話。この研究をやっているのは「ぼく」しかいない、「ぼく」が最初に日本に紹介した、「ぼく」の友だちの、うんぬん。べつに学術的文体である必要は無いが、これまた中途半端に、ゲームの話とかパソコンの話とか。あまり詳しそうじゃないし。若者とタメで語りたがる、そのくせ同世代の狭い知人しか友だちがいない全学連世代の文体の典型だろうなぁ。
内容もきびしい。まあ入門ということだからかもしれないけれど、とっくに原典の翻訳が出ているところからのネタ取りがあまりに多い。イェイツにしても、ドブズにしても、なにをいまさら、という印象。そのくせ、パノプチックの話をしながら、ウィトルウィクスやパノフスキーは触れられもしない。なにしろつらいのが、英国、それも文章になっている話のみに軸足を置いて、ヨーロッパの近代を語ろうとしていること。ヨーロッパからすれば、英国は、ルーマニアやモロッコなみにヨーロッパと見なされたことは一度も無かった。
ヨーロッパ近代文化を語るなら、王立協会ではなく、王立協会と対立し、ついには米国独立戦争やナポレオン戦争で直接武力対決をした大陸メイソンリーや、教育改革運動としてのイルミナティ・イエズス会の方が主軸だろう。くわえて、「マニエリスム」のかってな意味づけも、無理がありすぎる。この意味で、ある程度、下知識があった上で、ヨーロッパへの愛憎にまみれた隣国から見たヨーロッパ近代、というような別の視点としては、まあまあおもしろいのだが、どうがんぱっても、ヨーロッパ近代文化史ではないし、ましてや、その入門書でもない。位置づけとしては、『アラブから見た十字軍』みたいなものか。また、今日、文化史は、国内にいて座って文献を読んでどうこう、というような時代じゃない。文化は、現地の街の配置、建物の様式、描かれた題材や描き方、生活の中の道具や習慣、等々、フィールドワークによって情報を収集し、それこそ目で考えるものだ。横のものを縦にするだけの修道院スコラ的学問手法などというのは、それこそ彼らの近代の発想からも、もっとも遠い。