個人的には「家族=幸福」というようなイメージはまったく持っていおらず、「愛情」というものも、家族だからといって当たり前に存在するものでもないと考えている(そもそも「幸福」や「愛情」の定義もよくわからない)ので、本書の内容は基本的に非常にうなずけるものであった。
家族において自分の感情を抑圧し、相手の情緒的不満を処理するように努力すること、具体的には「甘えさせる」「ぐちを聞いてあげる」「ほめる」「言いたいことを我慢する」「なだめる」などの行為を「感情ワーク」と名付けたのは非常に面白い。「女性には本能的に『愛情』が備わっているから家事や感情ワークは本能的な行動と意味づけられる」そして「家族における女性は、家事労働と感情ワークの責任を一人で抱え込むことによって、そして、その負担が当人の貢献として評価されないことによって二重に抑圧される」と本書は論じる。育児中、子供のむき出しの感情と常に向き合わなければならないのはこの上なくきつい仕事だと感じていたが、あれはまさに「感情ワーク」であった。
「記号としての愛情」という表現も興味深い。これは「『こうすることが子どもへの愛情となる』『子どもを愛さねばならない』といった、規範としてコトバで語られる『愛情』」を指す。やはり育児を通じて、常に純粋に自発的な気持ちから子ども(または家族)に対して何かをしているわけではなく、「しなければ」または「するべきだろう」という義務感あるいは罪悪感から行動している時もずいぶんあると感じた。家族に対して「いつも演技をしている気がする」といった友人がいるが、現代の家族においては多かれ少なかれ「家族らしさの演出」が行われているのではないだろうか。
最近「主婦のうつ」がテレビ等で特集されているが、本書が指摘する「(社会の)家族に対する過剰な要求」や「女性は愛情深く、母性本能があるはず」などの暗黙の前提とも関わると感じる。