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14 人中、1人の方が、「このレビューが参考になった」と投票しています。
5つ星のうち 1.0
いささかお粗末の感は否めず,
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レビュー対象商品: 近代国家における自由 (岩波文庫) (文庫)
権力への根源的な不信、それこそがアメリカ建国最大の動機。その昔、はるか海を渡り新大陸を求めたピューリタンが志向した自由、それはまず何よりも拘束からの自由であった。 そうした史的背景の裏づけを受けて書かれているのが本書。拘束の欠如との自由の定義の 仕方は、リバタリアニズムの走りとも呼ぶべきもの。 しかし、本書におけるラスキの主張は、悲しいかな、あまりに稚拙。 自ら法に服する自由、国家に服する自由、彼の用語法に従えば「真実意志」に従うことに 自由を見出す、このヨーロッパ近代政治思想の根本概念は誤っているとのこと。ルソーや ヘーゲルが謳うこの自由は確かに甘美、しかし、ラスキは経験に著しく矛盾する、と彼らを 拒絶する。 拒絶はよかろう。ただし、彼がそれに代わる自由を語る段になると、単にそれまでの議論が 仮想敵への無理解の産物に過ぎないことをたちまちにして暴露する。 彼は言う、自らの良心に従うことこそが自由、と。しかし、それこそがまさに彼の仇敵の 主張。「まともさ」を共有するがゆえに、ばらばらのはずの個人が曲がりなりにも一定の 社会秩序を形成することができる。その総和こそがすなわち国家。 ここでは省略するが、原子論的個人の理解のお粗末さなど、他にも欠陥を挙げれば、枚挙に 暇がない。荒削りな欠陥を超えてそれでもなお、と目を瞠らせるものもない。 これならば、他にもっと読むべき本はある。
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