辻善之助に代表される「近世仏教堕落論」が一種のイデオロギーでしかなかったことが言われ、近世仏教には近世仏教独自の思想的・実践的な魅力と可能性があったことは、各種の学術的な研究が明らかにしているところであり(その近年における最上の成果が、西村玲氏の『近世仏教思想の独創』(トランスビュ)ではないか)、アカデミズムでは当たり前の話である。だが、一般世間ではまだ「江戸時代=仏教が寺檀制度等により骨抜きになった時代」という認識がけっこう通用しているように思われる。そうした状況下、人気・実力ともに最高峰の仏教学者である末木氏が近世仏教(研究)の全体像をわかりやすく概説した本書は、著しく重要な作品としてある。
本末・寺檀制度が、単に「上」からの押付けとは言い切れない仏教界と江戸幕府との交渉のなかで成立した後、これに満足しない、あるいはこれを前提とした上で展開する各種の仏教運動が出現した。超宗派的兼学、戒律復興、思想の革新、文献の批判的研究、世俗道徳の深まり、民衆世界の信心の高まり、仏像コレクション、等々がそれである。本書では特に、中世的な本覚思想に対する対抗心や、あるいは出版文化の興隆という観点から、これら近世仏教の新しい運動が現出した理由が述べられており、説得的かつ面白い。
最後には、全体の内容を総括した上で、近世から近代への宗教構造の変容が論じられている。近代の仏教もまた昨今のアカデミズムで著しい進展が見られる分野であり、末木氏はその牽引役の一人である。興味深い近代仏教論を提示している氏によって、近世と近代の連続と断絶が俯瞰的に論じられ、これも明瞭な見取り図を与えられたという印象がある。