本書は、中東・欧州、サハラ以南アフリカ、東アジア・ポリネシア、南北アメリカと全世界を対象とし、
各地での農耕生活様式の拡散の際に、文化・言語・遺伝子が濃淡の違いはあれ併走してきたことを示す。
著者は、オーストラリア国立大でオーストロネシア語族の拡散についての研究で実績をあげた考古学者。
台湾→東南アジア島嶼部→ポリネシア/マダガスカル、という拡散において農耕技術が中核的役割を果たし、
かつ全域の言語が明らかに共通のルーツを持つ、という恵まれたフィールドを出自とする人である。
このフィールドでの成功で得た確信が、他の世界の大部分も同様に、
起源地の農耕民(牧畜含む)が文化と言語、そして一定割合の遺伝子を携え拡散してできた社会である、
というモデルを柱として叙述するという野心的試みに、著者を向わせたのだろう。
とはいえ、多くの事例ではオーストロネシア語族のような確からしさを得られないのが現状で、
作中では柱となるモデルへの過度の固執はせずに、拡散プロセスを多論併記で叙述してくれている。
(印欧語族のアナトリア故地仮説のように、両論併記のうえ片方に肩入れするという場合もあるが。)
本書のように対象を広くとる場合、著者の専門外分野において誤謬が生じることは避けようもないが、
類書に比べれば相対的にクオリティは保たれているように思える。
また、日本語版の翻訳では訳注が頻繁に入り、原著において定説からの過度の逸脱がある場合には、
その旨を注記してくれている。(本書では11名の研究者が翻訳に携わっている。)
日本語版に関しては、このように多くの労力が投入されているという意味でも力作といえる。