消費者が食と農を変える
── 夫君の藤本敏夫さんは、都市生活者がもっと「農の現場」に近づくべきだと提唱されていたそうですね。
藤本は学生運動から離れた1969年からずっと、食と農の問題を考え続けていました。当時書いた文章を改めて読んでみて、30年の間、その思想性が一貫していることに驚きました。今盛んに言われている、例えば食物連鎖や食の安全性、地球温暖化による環境問題などに、彼は早くから気づいて心配していたんですね。
ここへきてBSE(牛海綿状脳症、狂牛病)のような食品の安全に関わる問題が相次いでいます。こうした問題が起こるのは、自分たちが食べている物を自らの手で生産せずに、徐々に大きな組織へ任せてしまい、どのように食べ物が生産されるのか分からなくなってきたからなのです。私たちが食べ物に対して覚える不安を取り除くには、それが生産される過程を分かるようにしなければなりません。
そのためには、食について消費者としての立場しか持たない都市生活者から一歩踏み出して、農の現場を体験することが有効だというのが藤本の主張です。そうすれば、食べ物がどんな過程で作られるか分かり、買う際に選ぶポイントも見つかる。消費者が自分たちに選択権があると気づけば、市場に出回る食品も変えられるはずです。
彼自身は千葉県に「鴨川自然王国」という農場を作りました。そこでは農家が自分の土地を都会の人に提供する機会を作り、とても成功していました。農的生活実践のモデルケースです。
──藤本さんの活動の範囲は農の実践から広がって、政府への提言、さらには環境問題にも及んでいたそうですね。
2002年の5月には武部勤前農林水産大臣にお会いして、農業の復活などを提言しました。日本の農業の目指す方向は、1999年に大きく変わりました。効率性だけの追求から、持続性のある循環型社会を目指すようになったのです。藤本はそれを非常に評価していました。当時、2人で乾杯したんですよ。この方向修正がさらに具体的な形で実現することを願っています。
また、循環型社会のモデルを自治体に提言するために、闘病中も何度か大阪まで往復していました。産業廃棄物処理業者の方たちを訪ねたんですけれど、驚きましたね。高級ブランドの新品の靴が、旧型になったからとゴミに出ているんです。彼らは何とかそれを建築資材などに再利用しようと考えていました。産廃業者というと、ゴミの違法投棄といった悪いイメージで環境保護の対極にあると思われていますが、彼らなくして循環型社会は実現できない。彼らこそがカギを握っているわけです。それに気づいた藤本は、一緒に活動する会を作っていました。
──プロの農家ではなくて、一般市民が「農的生活」をする場合、その担い手を誰に期待しますか。
リタイア層よりもむしろ若い人が適しているようです。私たちの世代は、口では「日本の経済発展は危機だから見直そう」と言っておきながら、実は経済成長に乗ってきた世代です。子供時代に経験した農業を懐かしく思いながらも、田舎臭いと否定してきました。でも、若い世代にはそうした感覚がなく、農業に憧れている人が多い。農業を本業にしようとすると難しいけれど、農業を体験することはすぐにできます。消費者が選択眼を備えれば、社会や未来を変えられるのです。
( インタビュー大屋 奈緒子)
(日経ビジネス 2003/01/20 Copyright©2001 日経BP企画..All rights reserved.)
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にやり、と笑っている顔が目に浮かぶようです。
30年前の文章は理詰めです。面白さに欠ける面はあるんですけど、
内容は身に詰まされます。
「社会と歴史における自分の位置づけができれば、
自分の役割が認識でき、アクションに移ることができる。」
「労働報酬としてのレジャー・消費を喜ぶのではなく、
労働・生産自身に喜びが存在した方がいいと思う。」
「労働の質の劣化がストレス発散のためのサービス業を発展させざるを得なかった。」
「楽しむためには、耐えねばならない。しかし、それでいいのだろうか?」
これらは30年前に書かれたほんの一例です。
今でも、いや今のような時代の方が余計にうなずけますよね。
特に最初の言葉なんて、やりたいことが見つからない我々に伝えてあげたいです。
☆3つなのは未完だからです。仕方ないことなんですが、流れが所々で切れているのは少し残念でした。
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