城山三郎氏(1927~2007)は、言わずと知れた「経済小説」のパイオニアであるけれども、その一方、『落日燃ゆ』の広田弘毅や『官僚たちの夏』の佐橋滋などの人物像も描いてきた。その中にあって、異彩を放っている小説が、この『辛酸』ではなかろうか。この小説は「辛酸」及び「騒動」という二部構成となっているが、何と言っても本書の“妙味”は、田中正造(1841~1913)その人の行跡をなぞるのではなく、彼の“志”を受け継いだ名も無き人々にも目を注いでいる、というところにあろう。
第一部の「辛酸」では、渡良瀬川周辺で発生した「足尾銅山鉱毒事件」における田中正造の晩年期が描写されている。それはまさに当該の谷中村ともども「辛酸入佳境」といった状態にあったのだが、それでも正造は「よしよし、正造がきっと敵討ちしてやるぞ」と、谷中村問題の解決に地位や財産や家族を擲って没頭した。そうした正造の姿を、城山氏は「そんな訳ですから、わしには一時に一事しかつとめられません。一意専心やらなければ、一人前に働けんでがす」と正造に語らせている。
その正造の“志”を宗三郎という村の青年らが引き継いでゆくのが第二部の「騒動」だ。正造は「辛酸入佳境/楽亦在其中」という漢詩を好んで揮毫したそうだが、むろん後段の「楽亦在其中」という状況は生まれなかった。生まれようもなかった。また、宗三郎自身も「正造に似るといわれると妙な気分になる。すなおによろこべない…」といった葛藤も抱いていた。むしろ、「正造に似る似ないなどということは、宗三郎にとって何の意味もないこと」なのであった。この辺りの“彩”も、さすが城山氏だ。
そして、城山氏は宗三郎に決意させるのだ…「だが、闘わねばならない。正造とともにはじまった谷中村民の辛酸は、生半可な妥協によっては、決して報われることはないのだ」と―。