既に全巻予約済みです。
しかし、値段的にはかなりきつく、offになっていなければ我慢してしまったかも…というくらいには悩みました。そういうわけで☆は4つ。
本放映が20話まで来ている現在、正しい選択をした、ような手ごたえは感じつつありますが。
購入の決定打はやはり第1話で、絵の綺麗さ、高倉家三人のベクトルが違っていて話が面白くなりそうなこと、ペンギン2号と晶馬のやりとりがものすごくツボにはまってしまい、ストリーミングで何回も見てしまったこと、等でしょうか。
1巻2巻はややセーラームーン風味に感じました(自分はウテナはまったく知らず、見ておらず、今作の絡みではじめて全話見ました)。
最初に見たのが7話のタマホマレ回(第3巻収録予定)で、当初はちょっと引いたのですが、親の離婚以外は恵まれているように見える苹果の、人間としての未熟さやギャップの描き方には、むしろ感心しました。
親の惨事は子どもにはよりいっそうの惨事なのだ、というのを、逃げずに、起きた現象のまま描いていくので、見ている方はたいへん痛かったり、恥ずかしいと感じたのも事実ですが。
それぞれの人物に、最初に見せたときと違う顔がある、というような旨の監督の言葉が1巻のコメンタリーにあるのですが、そういう部分にも惹かれました。
因みにこの巻は、ペンギンたちがすごく面白い(第4話の公園での2号、第5話の帽子を追いかける1号(と冠葉)、第6話のテーブル下の1号と栗で泣きを見る2号)ので、ペンギン好きには特にお勧め。各ペンギンについての木村両氏のコメントも面白かったです。
2巻のコメンタリーは、第1巻より饒舌に展開している印象で楽しかったですが、後半どこかで男女別じゃないものも出てくるといいなと思います。
監督が喋ってる部分、言葉を濁している部分も含めて、お話と合わせて楽しめました。
男性3人そろって『猫派』というのはちょっと印象的でしたね。
明るくカラフルで繊細なパッケージ(絵柄・印象・キャラ・会話含む)に重く暗い話、というのは、本来、少女マンガの王道。
ですがこの話には、コクリコ坂で宮崎氏がコメントしていたような、少女マンガから通常は欠落している『政治性』もしっかり入っていて、カバー範囲が広い分、深みもあると思います。
イクニ流に料理すると、シャア→冠葉、アムロ(とか、シンジ)→晶馬?…等々考えてみたり、そういう意味でも、ちょっと違った(脳内)遊びができる。
典型的な『萌えアニメ』との決定的な違いは、人物像の記号化の仕方にあるような気がします。
過去を受けつつ、萌えアニメ全盛の時代を挟んで出てきたピングドラムですが、こういう描き方ができるということ自体、90年代が遠くなったのだ、と思いました。
90年代風味でありながら、しかし、そうではない。
この作品に出会ったことで、ポストバブルさえ終わった、ということを、意識できたような気がします。