この作者のトリッキーな作風にずっと興味をもって読んできました。特に『「ギロチン城」殺人事件』でのバイオメトリクス認証を逆手にとったトリックには、声もありませんでした。どれもすべて、ありえそうもないシチュエーション、ありえそうもない殺人。
しかし、そのトリックが、論理のみを追求した結果、数学的(な整然たる)メタ現実、とでもいうようなものに昇華されているのは、それだけで感動に値しました。回りの人物配置は忘れても、そのトリックだけは、シュールな映像として脳裏にやきついています。
この作品では、気弱な名探偵音野とワトソン役白瀬というミステリを支える枠構造を、以前の作品よりは強化し、生身の人間の努力を描こうとしているようでもあります。確かにふたりのキャラの対比や、事務所にいろいろなインテリアが導入されてゆくくだりなどは面白く読めます。けれどもやはり強烈に印象に残るのは、ふたりを含めての人間ドラマ以上に、「ハウダニット」、トリックです。(フーダニットにはほとんど!比重はかかっていません)。そしてそれでいいのだ、という気がします。
そして音野の推理の道筋は読者には説明されず、彼は天才として最初からひらめくのみです。
作者はモノを見つめながら、それがどんなふうに、現実の枠組みと違う使われかたをするか、違う素材だったら、またはとんでもない用途だったらどうなるのか、などなど凄まじいブレインストーミングを繰り返したのではないでしょうか。
たとえば三話目。ポラロイドカメラでダイイングメッセージがとられていた場合、本当にダイイングメッセージだったのは何か?
あっ・・・としか言いようのないトリックでした。自分のいた枠がこわれて、広い世界へ出た快感を味わえます。
ミステリを突き抜けて、アリス的なシュールなメルヘン世界にまで到達してしまう、これは文学なのか、悟りなのか。一読をお勧めします。