著者の中華思想に辟易するのは確かである。
著者は現代日本が「東アジア世界の正規メンバー」たるべしという立場のようであるが
それが所謂「東アジア共同体」という名の華夷秩序に組み込まれよ
という主張なのであれば危険極まりない。
「日本を日本として守っていきたいと考える」ことがなぜ「夜郎自大」なのか。
我が君を「天皇」「帝」と称し奉るのがなぜ「夜郎自大」なのか。
この点著者は自虐史観の謗りを免れまい。
序でながら今川義元は貞世の子孫ではない。
「公家・武家」と「公家衆・武家衆」の区別もできていない。
平家に拉致されてその滅亡の道連れにされ(外戚だからといって決して許されない行為である)
痛ましい最期を遂げられた安徳帝を
主体的に行動を起こした結果敗れ去った崇徳院・後鳥羽院と一色汰に
「君主としてのそれ(評者註:徳)が欠けていたからこそ都を追放された」
と言うのは余りにも心無い書きようである。
崇徳院にしてもその生い立ちに思いを馳せれば
君徳の欠如などと申し上げるのは酷である。
というような問題点はさておき
義満をもっと正当に評価すべきという主張には評者は大いに賛同する。
が、それとて著者は自らの中華思想に義満の慧眼を付会したかっただけなのだろうか
と穿ちたくなるのも事実である。
「日本を日本として守っていきたいと考える者」=皇国史観論者では断じてない。
「日本を日本として守っていきたいと考える者」が義満を「消した」
と十把一絡げに極論されると何とも遣る瀬無い。
今谷「簒奪説」批判や渡部昇一批判には賛同する。
当時の用語に忠実に「天皇」「上皇」ではなく「帝」「院」と表記している点は評価する。
また本筋からは外れるが、王国の世子を「皇太子」と呼ぶべきではない
というのは全面的に同意(というよりかねてより評者もそのように考えていたところである)。