『越後つついし親不知』『桑の子』『はなれ瞽女おりん』『有明物語』『三条木屋町通り』の五編。
仏教に造詣のふかい水上勉は“業がふかい”という言い方をするが、湿った、暗く冷たい、重労働に喘ぐ生活のなかでの、めくるめく愛欲、嫉妬、そして望まれぬ子の妊娠、そして無惨な破綻―と、やりきれないが、どうしても読み進んでしまう物語ばかりだ。それもどこにでもある、それだけの話かも知れないが、ひとつひとつが、おしんなり、おりんなり、ひとりひとりの女性の生の重さを感じる物語になっている。
シュールレアリズム的、と解説にもあるが、象徴的で鮮烈なイメージは、グロテスクなのにひどく官能性が強く、それでいて深い余韻を残す。勿論、私はさびれた日本の農村を思い浮べながら読むのだが、実は舞台を世界のどこに置き換えても通じる話ではないかとも思う。
なお、フィクションとはいえ、『越後つついし…』と『桑の子』は、それぞれ警察沙汰だったことが示唆され、『はなれ瞽女おりん』は福井憲兵隊調査室の資料から、『有明物語』は実在した山繭紬の織手の話から着想を得たとあり、あまり思い入れの過ぎない、淡々とした語り口もそうした設定に相応しいのではないかと思う。
『三条木屋町通り』だけは都会的な印象で軽快な京都弁の会話からなるフィクションだが、四十歳を過ぎて初産を待つ妻と、めっきり色気をおびてきた丹波出身の女中の娘、と、女の視線と意地悪さ、それもこれもひっくるめたかなしさをよく知っている人ならではの短編ではないかとも思う。
なお、解説の岩波剛氏は演劇評論家で、これは『はなれ瞽女おりん』が映画化、戯曲化されたことにもよるが、他の作品も非常にドラマティックな要素が強いのではないかと思う。
だが、私自身は、まずは小説でこれらを楽しめたことを喜びたい。