【現代の仏教はブッダの仏教か】
インド北部(現在のネパール)の小国・シャカ国の王子、ゴータマ・シッダールタが、紀元前5世紀頃、その恵まれた地位、財産、妻子など全てを捨てて、「人生とは何か、どう生きるべきか」という難問を解決すべく修行を開始した。長年に亘る厳しい修行を経て、彼が辿り着いた究極の考え方が「仏教」であり、彼は彼を慕う大勢の弟子たちから「ブッダ(仏陀。悟りを開いた人)」と呼ばれるようになった。
ブッダの死後、ブッダの仏教は、ブッダの教えを忠実に守ろうとする保守的な「小乗仏教」と、ブッダの教えを拡大解釈しようとする革新的な「大乗仏教」に分かれ、さらに数多の枝分かれを繰り返して今日に至っている。因みに、いわゆる「仏教公伝(伝来)」で我が国に伝えられたのは大乗仏教のほうである。
ブッダの教えを基にしてはいるが、その後の仏教は修飾に修飾が重ねられ、煩瑣な規範が加えられ、ブッダより上位に位置する仏が新たに創出されるなど、理論としては格段に精緻になったものの、ブッダ自身の簡潔で、人間的で、分かり易い教えからは遠くかけ離れてしまったというのが、私の正直な印象だ。
日々、忙しく、悩み多き生活を余儀なくされているビジネスパースンが、ブッダ本来の教えに触れてみることは、決して無駄ではないと思う。
【ブッダの言葉】
『超訳 ブッダの言葉』(小池龍之介編訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン)は、逆境に立たされたとき、追い詰められたとき、心が弱ったとき、心を支えてくれる本である。
ブッダの教えを、極めて実践的な心のトレイニング・メソッドと考える訳者の「超訳」ぶりは徹底している。例えば、「君も相手も、やがては死んでここから消え去る(法句経6)」は、「誰かと敵対して争いが生じそうになったら、しかと意識してみるといい。君も相手もやがては死んで、ここから消え去る、ということを。君以外の人々は、『自分もやがて死ぬ』という真理をうっかり忘却しているけれども、君がこの真理をはっきり意識していれば、怒りも争いも静まることだろう」といった具合である。