「『
精神現象学』を貫く全体的なモチーフは何だろうか。一言で言えば、それを『自由の
ゆくえ』の問いと呼ぶことができる。……〈共同体から切り離された自由な個人となった
ときに、人は、他者・社会・自己に対してどのような態度をとっていけばいいのか〉――
これこそが『精神現象学』のなかで問われている最大の問いなのだ」。
まさか竹田がそんなことをするわけないよなと察しながらも、このような前書きからして
「世界系/セカイ系」なんて現代風なボキャブラリーに置き換えて説明してみちゃったり
するのかな、と思いつつ読んでみたが、晦渋な用語は驚くほどほぼそのまま、それでいて
「予備知識なしでも『精神現象学』の独自のストーリーを追えるように」との配慮の通り、
確かに相当程度咀嚼されてはいる(他のレヴュアーさんのおっしゃられるように、
これでも難解だと言うのならば、それはすべてヘーゲル自身に由来するものだと思う。
ちなみに、ドイツ語原文は稀代の悪文で、日本語訳の方がはるかにマシな代物)。
本書の帯には「難解な書物がここまでわかった!」と銘打たれてはいるが、「ヘーゲルの
哲学体系では、まず『世界』は神なる『絶対精神』であるという出発点があり、精神は
無限に自己を対象化する自由な運動性という本質をもつ」という弁証法のプロセスなんて
同時代の人間でも「わかっ」ていたことだし、良くも悪くもあらゆるジャンルに対して、弁証法
テンプレートを適用させてしまうのが彼の彼たる所以なわけで、カントによる「理性/感性」、
「現象/物自体」、「定言命法/仮言命法」といった具合の徹底的な二項対立型の
テンプレートへの対案としてヘーゲルが一連の議論をしていて、しかもそこに少なからず
誤読の形跡があることなんて誰の目にも明らかであり、要するに、「わかっ」ていたことは
そのままに、「難解な」要素もほぼそのままに、という入門書らしい入門書である気はする。
蛇足を言えば、日本ではいちいちセットで語られるマルクスはほぼ出てきません。
個人的にヘーゲル最良の入門書と言えば、彼自身による『
哲学史講義』における
ヘラクレイトス解説。私の知り合いのヘーゲル屋は「『精神現象学』以外は死ぬほど
簡単」と真顔で言っていたので(私は同意しませんが)、他にも何冊か彼自身のテキストを
読んだ上ではじめて挑まれてみるのがよろしいか、と思う。