“時間モノ”は、厳密に考えれば考えるほどに制限がきつくなり破綻のないストーリー構築が難しくなる。いわゆる『親殺しのパラドックス』の縛りだ。『タイムマシンを使って過去に戻り、自分が生まれる前に親を殺してしまったら自分はどうなるのか?』という有名なパラドックスで、例えば「絶対に親は死なない」とか「親が死んだ時点で別の世界になる」とか、いろいろな回避方法が考えられてきた。無視してしまうのが一番簡単だが、それではSFとしての深みがなくなってしまう。言ってみれば、“どうやってパラドックスを回避するのか?”が作家の腕の見せ所なのだ。
『超人類カウル』では、このパラドックスを奇抜なアイディアでうまくストーリーに組み込み、未来から生命誕生の瞬間までの数億年のタイムスケールを縦糸に、複数の思惑が交差するサスペンスを縦糸に、極上のSF作品に仕上げられている。
ただ、途中で登場する原始人やローマの戦士のサブストーリーはなくても良かったように思う。冗長とまではいかなくても、なくても本筋に影響ないというか、映画化されたらかっとされるに違いない話ではある。