これはなかなかいい本だ.
発達心理学的な「赤ちゃんの心」の知見を通じて人の心の理解を解説しようという趣旨で進化心理学をふまえている.とてもいいのは視点の切り口がすっきりしていて統一感があることと,論点を絞っていてコンパクトにまとまっていること,さらに独自でかつきわめて説得力のある見解,主張がきちんと述べられているところである.
本書の主張は,人の心の本質は「赤ちゃんの心」そしてその発達を見ると理解が深まるというところにある.早くから発達したのだから「本質」というのは論証としてはちょっと微妙な部分もあるのだろうが,直感的にはとても納得できる.
特に力が入っている論点は芸術の本質,道徳の起源,嫌悪感,そしてデカルト的な魂の存在と宗教といったところ.
芸術の解説のところは特に面白い.一見お馬鹿な現代芸術や,それまで本物とされて高値がついていても贋作だとわかると価値が下がることに意味は,芸術には制作者の意図が重要視されているという要素があるのだと解説する.赤ちゃんの認知から説明されるのはなかなか快感である.基本的にはピンカー説の信奉者だった私だが,さらにより理解が深くなった気がする.
道徳の章は結構力が入っている.人の心の理解という主題を少し踏み越えて,どうすれば道徳の輪を広げて世界をよりよくできるのかという問題にも向かい合っている.
道徳の詳細は文化により異なる.そしてこの違いを超えて道徳の輪を広げられれば世界はよりよくなる.そのためには理性で「公平」を達成し共感を広げることだと主張される.
簡潔な文体で訳文のリズムもよい.人の心に興味のある人にはぴりっとさわやかな一冊として推薦できる.