何十年本を読んできても、スゴイとしか言いようのない本に出合えるとは、世界はまだ豊饒だという証しだろうか。これは昭和19年、学徒出陣を目前に控えた九州大に通う学生「私」とその友人が、木乃伊之吉という奇怪な名の男(木乃伊はミイラと読める)に騙され、翻弄される数ヶ月を描いた島尾氏の初期作品だ。
くしくもタイトルが暴露しているように、文学を志す学生の前に現われた「贋学生」木乃は、冒頭からいかにも胡散臭い人物として描かれ、その騙しのやり口は笑ってしまうほど単純だ。ところが、帝国大のエリート学生二人は強い不審を抱きつつも、ずるずると泥沼へ引きずり込まれていく。なんてゲスな奴だろうと嫌悪しながらも、隠し持っていた自らの暗部を刺激され、木乃のとりこにされていく姿はほとんどグロテスクだ。
木乃とは何者なので、なぜこれほど執拗に騙そうとするのか? この話の怖いところは、その「謎」が解かれない点にあると思う。木乃は金を巻き上げるどころか、二人に大金を注ぎこみ、得るところは何もないように見える。それなのに、なぜ彼は騙すのか? 作中に答えはない。木乃の遁走で、最後に二人は騙されていたことに気づくが、読んだ者はなんらカタルシスも得ることなく、大きな「謎」とともに現実世界へ突き返され、呆然とするしかない。
なぜ作家はこんな作品を書いたのか? このように怪異な虚構世界を自ら現出させることで、出撃命令を受けながらも生還したというあまりに特異な体験を、自らに納得させようとしていたのではないか、とつい考えてしまった。