「贈与」というと、私たちは「お中元」や「お歳暮」あるいは誕生日等の各種イベントに伴うプレゼントや親から子への財産の移動、さらには賄賂などといった行為を思い浮かべる。多分、「贈与」という利他的行為自体は、母から子への授乳などを含めれば、人類の歴史とともに歩んできた観念でもあろう。ところで、著者の桜井英治氏は、東京大学大学院総合文化研究科の准教授で、日本の中世史や流通経済史を専門としている。同じく東大で史料編纂所の教授を務める本郷恵子氏は、その著『
蕩尽する中世』(新潮選書,2012年)において、日本の中世を「蕩尽=過剰な消費」といった視点で描いてみせた。本郷氏は「需要(消費)が経済を引っ張る」といった、言わば“demand pull 型”の中世像を提示した訳だが、桜井氏はフェルナン・ブローデルの視座なども参考にしつつ、「贈与」という切り口で日本の中世を語っている。
ただ、本郷氏も、例えば桜井氏の研究成果である室町幕府の「贈与依存型財政」には触れている。すなわち、「贈答にまつわるさまざまな無駄を最小化して、政権にとってできるだけ多くの利益があがるような仕組みを実現したのが、15世紀の室町幕府である」(前掲書p.218)と言及している。それはさておき、当書の大きな特徴として、中世日本における「贈与経済(gift economy)」と「市場経済(market economy)」への考察がある。とりわけ、桜井氏は「年貢の代銭納制が普及した13世紀後半以降の日本列島は確実に市場経済社会に入っており、それは石高制のもとで米納年貢制が復活する16世紀後半まで約300年間にわたって存続した」(本書p.113)と比定し、「年貢の代銭納制」等について、「この出来事は中世日本の経済にとって最大の事件であったといっても過言ではない」(本書p.110)と推断している。
こうした市場経済化の背景には「宋・元交替」という中国の国内事情が関連し、大量の銅銭が日本に流入してきた、という歴史的事象も影響を及ぼしているみたいだ。そして、日本の中世後期は、「贈与経済」と「市場経済」という二つのファクターが複雑に絡み合いながら展開されていく。ここで面白いのは、市場経済化の進展、つまり商品需要の拡大膨張に伴い、朝廷や幕府が貨幣鋳造を行わず、中国の銅銭に依存していれば、本来ならマネーサプライの不足が起きるのだが、それがあまり顕在化しなかったようにも思われる。実は、そこに「贈与経済」の持つインプリケーションがあろう。「贈与経済」とは、まさに本郷氏のいう「現銭の経済圏」に対する「モノの経済圏」でもあるのだが、結果として「モノ(贈答品等)」が貨幣の役割を果たし、地域通貨的なコミュニケーション・メディアとしての機能も併せ持っていたのだろう。