(上)の第一・二篇でマルクスは、抽象化された価値や労働の関係として資本制経済の原理を論理的に導きました。
つづく(上)の第三篇と本書では、資本制原理が人間や物の姿をまとって現れた18,9世紀イギリスの社会状況を、当時の公式文書や統計、経済学書を引用して描きます。
【第三篇〜第六篇】
資本制経済では、労働力を購入して使役する生産者が、
剰余価値 = 労働力によって生産される価値 - 労働力の価値
を取得します。
生産者は、
A、生産される価値を増やすこと
B、労働力の価値を抑えること
によって、より多くの剰余価値を得ることができます。
イギリスでは、
Aは労働時間の延長や労働密度の強化によって実現され、
Bは労働者の生活レベルの抑制、生産手段の集積化、生産者に有利な賃金制度の適用などによって実現されました。
しかしこれらは労働者に負担を強いるものです。
そのため、国富増進の陰で、労働者の貧困化が当時の社会問題となりました。
【第七篇】
商品等価交換の原則と労働力商品の特性を前提条件として、生産過程への価値投入が投入量以上の価値を生む状況が発生します。
生じた価値を生産過程に再投入すれば、価値増殖の循環が形成されます。
こうして生じる価値の集積を資本と呼びます。
15世紀以降の封建的土地所有制の動揺は、農地から大量の労働者を遊離させ、また、農業生産物の商品化を促しました。
これにより前提条件が達成され、資本の増殖過程が点火されました。
以降、この増殖過程が、社会の富と貧困労働者を同時に産み出しながら、イギリスを資本制先進国へと押し上げたのです。
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出版以来140年、「資本論」はマルクス経済学を学ぶ第一のテキストであり続けました。
しかし「資本論」は、挑む者をくじけさせる書物でした。
他のドイツ社会学の和訳でもそうですが、一つひとつの文がやたら長く、意味の理解以前に構造の把握さえ困難で、気力を萎えさせるのです。
現代経済を記述する学問としての存在感を失った今では、難解な翻訳と格闘してまで「資本論」を読み通す必要に迫られる人は少ないでしょう。
その点、本書は、
翻訳者が述べているように、そのような「ドイツ語らしさ」が現れないよう翻訳が工夫されており、古典として多くの人に楽しめられる読みやすさだと思います。