これまで未刊行の、アレントの講演や講義録などをまとめた一冊である。
ユダヤ人として大戦を生き抜き、悪や善について、人間としての行動について思考してきたアレント。アレントはなかなか難しい。簡単に結論を提示してくれずに「自分で考えろ」と渡されてしまうこともある。しかし、ここに集められているのは「語りかけられた」ものなので、随分わかりやすくなっている気がする。難しくてこれまで悩んでいた人はまずこの一冊を齧ってみれば少しは消化し易いかもしれない。それぞれ独立した講演録や講義録なので、重複する内容も随分あるが、それもかえって「どういう議論にこの結論がでてくるのか」を多角的にみることができてよいとも言える。アレントの入門書にもなりそうな一冊である。
「絶対的な悪」を思考してきたアレントがアイヒマンの裁判に「悪の凡庸さ」というもっと恐ろしいものをみつけ、執拗に考えた跡が、ここにある。とくに後半の、「判断」として集められている講演の内容には、そういう思考を続けてきたアレントが現状に対してどんな判断をしているか、も見て取れる。
残虐な行為に携わった人々は特別な人ではなかった。その「悪の凡庸さ」をアレントは「思考の欠如」と理解した。「思考の欠如」だと少々「病的な異常」の意味合いが残る気もするので、「思考、判断の停止」と考えた方がよいかもしれない。どちらにせよ、そのようなことは誰にでもおきうることで、実際に起きたということが恐ろしいのである。
本書に収められた文章はわかりやすいもの、とはいってもアレント特有の難しさはやはり残る。編者の解説はそれぞれの文の背景やアレントの対応を補足してくれる。翻訳者は編者の解説を更に補足して文章の内容を説明しているが、本当に内容説明のみなので翻訳者中山元のきちんとした「解説」も読みたかったと思う。